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論考3:サンゴのアミノ酸生合成

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初回の問題提起は、facebookのいいねが初の70越えで関心の高さが伺えました。
きっと普段サンゴに関わらない皆さんにも、サンゴの心の叫びが届いたのかも知れません。
このまま拡散されて社会問題になったら、サンゴ飼育の意識も変わってくるかも。。。

クリティカルシンキング第三回目は、サンゴのアミノ酸生合成についてお送りします。

  1. 論考1:サンゴと褐虫藻の問題提起 - 2015/2/19
  2. 論考2:サンゴのアミノ酸取り込みの意味 - 2015/2/20
  3. 論考3:サンゴのアミノ酸生合成 - 2015/2/21
  4. 論考4:サンゴの蛍光タンパクとアミノ酸

サンゴが褐虫藻から受け取る栄養の内訳は一般的にはグリセリングルコース(ブドウ糖)、アミノ酸などの有機物と言われています。しかもアミノ酸なんて最低でも20種類もあるのに、実際に褐虫藻はどれだけサンゴに受け渡しているのでしょうか?

そこでオススメの最新の文献がこちらです。

Chuya Shinzato, Mayuri Inoue, Makoto Kusakabe, (2014)
A Snapshot of a Coral “Holobiont”: A Transcriptome Assembly of the Scleractinian Coral, Porites, Captures a Wide Variety of Genes from Both the Host and Symbiotic Zooxanthellae.
PLoS ONE, 2014; 9 (1): e85182

これは、例のコユビユドリイシの全ゲノム解析をされた新里氏らの2014年の研究論文で、ハマサンゴのアミノ酸合成についても解析結果が記されています。ただ、こちらは全ゲノムを解析したモノではないそうで、恐らくはすべて解析すればコユビミドリイシのようにほぼすべてのアミノ酸合成能が示される可能性はありますが、とは言えこれだけでも考察に十分な結果が得られています。とりあえずは参考程度にご覧下さい。以下、論文より引用です。

Figure 4. Amino acid metabolism in Porites holobiont.
図4. ハマサンゴのアミノ酸代謝

ハマサンゴのアミノ酸合成能

グラフの左半分が必須アミノ酸、右半分が非必須アミノ酸で、茶色が褐虫藻、青がハマサンゴ本体、矢印が酵素の流れで、各行右端の矩形がそのアミノ酸の合成能を示しています。実線の矩形は合成能が確定したものですが、破線は確定に至らなかったものです。
但し、これらの合成能は実際のアミノ酸合成実験を経ておらず、あくまでも合成遺伝子の有無からの判定に止まっています。とは言え、サンゴはともかく褐虫藻は分類的に海藻や藻類と同様すべてのアミノ酸合成能を持っていますので、実質サンゴは褐虫藻由来のすべてのアミノ酸が利用できると解釈して問題は無いでしょう。

注) 必須・非必須はあくまでも人間界(動物界)での合成の可否を分けたものであって、
サンゴにとっての必要・不必要を示すものではありません。勿論すべて必要です。

尚、グラフ右上の各数が合わないので新里氏に確認したところ、本来はカウントしないはずの破線を、青のハマサンゴについてはカウントしてしまったようです。
なので、本来は
10(8)4(0)3(0)
が正しいカウントだったようです。
それを表にまとめると以下のようになります。

ハマサンゴの本体と褐虫藻のそれぞれのアミノ酸合成能
必須アミノ酸 合成能 非必須アミノ酸 合成能








Arginine アルギニン - Tryosine チロシン -
Valine バリン - Proline プロリン -
Isoleucine イソロイシン - Serine セリン -
Leucine ロイシン - Glycine グリシン - -
Phenylalanine フェニルアラニン - Cysteine システイン -
Tryptophan トリプトファン - Glutamicacid グルタミン酸
Tereonine トレオニン - Glutamine グルタミン
Methionine メチオニン - - Asparticacid アスパラギン酸
Lysine リシン - - Asparagine アスパラギン -
Histidine ヒスチジン - Alanine アラニン

最低でもサンゴか褐虫藻のどちらかが合成できれば、サンゴはそのアミノ酸を利用することが出来るということになります。この表の場合、サンゴが作れるものは非必須アミノ酸、褐虫藻にしか作れないものが必須アミノ酸、と捉えると判りやすいかな。但し、このハマサンゴの例では全ゲノム解析がなされていないため、この表のようにまだ未確定がいくつも残っていますが、例のコユビミドリイシの全ゲノム解析ではコユビミドリイシはシステインを合成できないが、それ以外はすべて合成でき、また褐虫藻はすべてのアミノ酸を合成できることが判明しましたから(Shinzato C, et al., 2011)、このハマサンゴの場合も恐らくすべてのアミノ酸が利用出来る可能性は高そうです。

ちなみに、Shinzato C, et al. (2011)を元に、コユビミドリイシの本体と褐虫藻のそれぞれのアミノ酸合成能を表にするとこうなりますね。

コユビミドリイシの本体と褐虫藻のそれぞれのアミノ酸合成能
必須アミノ酸 合成能 非必須アミノ酸 合成能








Arginine アルギニン Tryosine チロシン
Valine バリン Proline プロリン
Isoleucine イソロイシン Serine セリン
Leucine ロイシン Glycine グリシン
Phenylalanine フェニルアラニン Cysteine システイン ×
Tryptophan トリプトファン Glutamicacid グルタミン酸
Tereonine トレオニン Glutamine グルタミン
Methionine メチオニン Asparticacid アスパラギン酸
Lysine リシン Asparagine アスパラギン
Histidine ヒスチジン Alanine アラニン

ちなみに論文では、ウスエダミドリイシやハイマツミドリイシも同じ結果でしたから、システインの合成能の欠如はミドリイシ属全般に共通して言えるのかも知れません。
結局、ミドリイシ属は褐虫藻がある限りアミノ酸に困ることはなさそうです。しかし、もし褐虫藻を抜くならシステインの確保は厳しくなるため、その場合に関してはシステインの添加は理に叶うと言えます。
でもシステイン入りのアミノ酸添加剤ってあるのかな?
但し、ミドリイシ属以外のサンゴはシステインも合成できるので特に死角はありません。

ところで、ハマサンゴのアミノ酸合成能を見ると、グルタミン酸、グルタミン、アスパラギン酸、アラニンの4つのアミノ酸は、ハマサンゴも褐虫藻もダブって合成能を持っていますが、特に酸性アミノ酸はカルシウムと結びつきやすくサンゴの骨格には非常に多くのアスパラギン酸が含まれている(Sarashina and Endo, 2006)そうなので、そこまでアスパラギン酸の合成能に余裕があるなら、あまり無理に添加する必要もないでしょう。しかも、サンゴは季節によってアスパラギン酸の合成を抑制している(Gupta, 2007)くらいなので、むしろ抑制期間は入れない方が無難かも知れません。
そもそも一般的なアミノ酸添加剤にはアスパラギン酸は入っているのかな?

そして最後に、この論文のAmino acid biosynthesis pathways in Porites holobiont (ハマサンゴのアミノ酸生合成経路)の項に比較的重要な記述があるのでご紹介しておきます。

Bacteria, plants, and many fungi are able to synthesize all of the 20 amino acids commonly found in proteins

(バクテリア、植物、多くの菌類はタンパク質から見つかる一般的な20のアミノ酸をすべて合成することができる)

The issue of amino acid requirements is complicated by the presence of symbiotic algae

(共生藻の存在次第でアミノ酸の要件の問題は難しくなります)

そうです。海洋にはごく微量のアミノ酸が含まれていますが、それらはバクテリアや海藻・藻類などのアミノ酸合成生物による生成物を由来としたものです。もちろんサンゴのミューカスにも含まれています。よって、そもそもの海洋のアミノ酸の起源はこれら海洋生物なのだと言うこと、そしてあくまでも彼らは使う側ではなく作る側だと言うことを理解しなければなりません。もちろん、自身の蛍光タンパクや色素タンパクの合成等にも使われ、その余剰分がミューカスとして放出されている、と言うことなのです。前回書いた海水からのアミノ酸取り込みについても、あれはあくまで窒素源としての取り込みにすぎません。
また、褐虫藻は植物同様すべてのアミノ酸を合成しますが、サンゴはシステインや一部のアミノ酸の合成能を欠く場合があり、そのため褐虫藻の存在次第でサンゴの要求確保が困難になり得る、と言うことにもなる訳です。

実際の水槽でのアミノ酸生合成経路

尚、アミノ酸合成生物は水槽にも多数存在します。やはり海洋同様にバクテリア、藻類、そしてサンゴと褐虫藻です。あとはアミノ酸の材料として魚等の排泄物や残飯等のデトリタス由来のタンパク質と少しのアンモニアがあれば、水槽内でもアミノ酸が生産される機会は十分にあると言うことになります。
ところが、水槽環境の条件次第では、合成が困難にもなり得るのです。
例えば、

  • 魚を入れてない → 排泄物がない
  • 無給餌 → 残飯が出ない
  • 砂を入れてない → バクテリア不足
  • ライブロックがない(or 擬岩) → バクテリア不足
  • 超低栄養塩 → 藻類の絶対量不足

さすがにここまでの条件が重なれば、水槽内でのアミノ酸生産は期待しづらくなるでしょうし、その上でサンゴから褐虫藻を奪うなら、もはや添加剤に頼るしか無さそうです。
では、添加剤によって海洋のアミノ酸レベルを維持すれば、褐虫藻を奪われたサンゴの生命維持は本当に叶うのでしょうか?

いいえ。よく考えてみてください。
それで事足りるなら、そもそも自然下の白化サンゴは死んでませんよね?
なぜ白化したサンゴの大半は斃死していくのか?
海水中に十分なアミノ酸や栄養素があるというなら???

逆に言えば、自然下でさえ止まらない白化によるサンゴの斃死を、それを一部に偏ったアミノ酸や栄養を添加しただけで本当に救えるのでしょうか?
さらにはサンゴの消費量も判らず濃度すら管理しようがない中で、そもそも何をどれだけ入れれば海洋のアミノ酸レベルが再現できるのでしょうか???

■サンゴの白化による弊害

  • アミノ酸を含め褐虫藻から得るはずの栄養素がすべて満足に受け取れない
    → 根本的な成長が鈍化し、あらゆる生理に悪影響を及ぼす
  • アミノ酸が足らずに蛍光タンパクを正常に形成できない
    → UV防御も疎かになり、抗酸化作用も衰退していく
  • 外敵やゴミを払おうにも、ミューカスを生産する余力がない
    → 免疫低下も相まって感染症にも弱くなる
  • 管理不能な添加剤によって海水中の水質バランスがデタラメに…
    → 水槽内の生態系がいつどう破綻しても不思議ではない

結局、自然下では白化後は比較的速やかに褐虫藻を取り戻さないと、上記の理由によりサンゴはどんどん衰弱し、いずれ死を待つのみとなります。これが、自然界でさえ水質だけでは褐虫藻の代役をこなすことができない何よりの証拠です。

また、サンゴが消費すればともかく、消費が細ければ水質バランスは日々崩れていきます。特にアミノ酸は窒素源であり窒素はアンモニアの元です。例えば、窒素固定(アンモニア合成)は土壌の根粒菌が有名ですが、海洋でも光合成細菌、嫌気性細菌、シアノバクテリア等、ニトロゲナーゼ酵素を持つ細菌にとっては朝飯前の反応です。もしそれらが存在するバクテリアリッチな環境で、且つアミノ酸の過度の残留や過剰添加があった場合、アンモニア濃度の急上昇によって予期せぬ事故も起こりえるのです!

大事なことなので2回言います。

アンモニア濃度の急上昇によって予期せぬ事故も起こりえるのです!

添加剤をよく使われる方は、普段から入念な観察を心がけ、少しの予兆も見逃さないように注意してください。効果を急ぐあまり、つい過剰に添加しがちですが、それは絶対にダメです。時には諦める勇気も必要です。どうか大切なサンゴや魚を無駄に死滅させることのないよう、慎重な運用を心がけてください。

結論:サンゴから褐虫藻を奪うべきではない!
そもそも褐虫藻を抜くから話がおかしくなるのです。。。

以上がサンゴと褐虫藻のクリティカルシンキングです。
何億年も受け継がれてきたサンゴと褐虫藻の関係を、そう簡単に添加剤に置き換えられるものではありません。あくまでも添加剤は栄養補給の補助でしかないのですから。。。

ちなみに僕は、褐虫藻を増やすも減らすもサンゴの自由に任せてあげたい派です。
だって、そもそも褐虫藻の量はサンゴが必要に応じて制御してるのに、それを人間の身勝手な欲望や解釈で一方的に奪おうなんて、その行為自体が傲慢な思い上がりでしょう?
言葉は悪いけど、それじゃまるで奴隷と支配者ですよ。。。
僕の理想は、サンゴの声に耳を傾けながら、あくまでもサンゴの望む結果として、色揚がりを同じ目的として共有したいです。
だから、それで茶色いなら、それがその子の選んだ道なのでしょう。
その環境に合わせた、ね。
それが尊重できないなら、生き物を飼うべきではないと思うのです。。。

次回は、サンゴの蛍光タンパクとアミノ酸です。

■リファレンス

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