今日はなんか色々と思い出すことが多い。
忙しいときほど、気持ちがアッチに向いちゃう。ドッチ。
ま、この勢いで少し振り返って自叙伝ぽいものを書いてみよう。
僕がウェブ屋を始めたのは2003年の春。
前職での転勤でちょうど一年を過ぎた頃だっだ。
「こんな会社辞めてやるぅ~えーん」
とは言わなかったが、いい加減イヤ気が差していたのは間違いない。
だって用もないのに役職ってだけで、ず~っとカウンタでお留守番なんだもん。
だから辞めちゃった。
ちなみに前の水槽は、前職での転勤の際に畳んだ。
金沢から福井への転勤で、しかも仮住まいのマンスリーには、水槽は置けなかった。
趣味が無いのもつまんないので、直前に最後のRX-7を思い切って新車で購入したけど、以前のように弄る元気もなく、結局片道300Mの距離を毎日通勤に使うだけだった。
さて、いざ退職となると、周りから色々と諭された。
やっていけるのか?
正直、あまり自信は無かった。勿論なんのコネも無い。
税金のこと、資金のこと、なんにも判らない。
だからこれまでの人生の中で、これはかなりの冒険だった。
小学生のころ授業でピンクレディを踊ったときくらいの緊張感だ。
そこへ前職からの知人で、小さなビルのオーナーから、部屋が一つ空いたと連絡を貰った。
実は少し前から、退職後の事務所兼自宅として、密かに狙っていたのだ。
しかも立地は金沢の繁華街のすぐ隣、何かと都合が良い物件でもある。
思い立ったらいつでもキャバクラに出歩けられるのである。
結局、これが後押しとなって、すぐに退職届を出した。
転勤から僅か一年で、また金沢に戻ることになるとは。。。
ちなみに僕の実家は富山だ。
高卒で就職したのも地元。
金沢へは自分で希望を出して、24歳の時に転勤させて貰った。
ま、理由は色々あったが、一番には後の独立に繋げるためだった。
と言っても当時は自分の電気店を持つことが夢だったのだけれど、それこそ今の時代やってけないと、後に悟ったのだった。
しかし、この退職後、富山へは帰らなかった。
なんでかな。
さて、会社を辞めてしばらくは失業保険で優雅に生活を・・・
ってこともなく、実はすぐに操業することとなる。
有り難いことに、前職時代からもプライベートでウェブの仕事を多少なりと受けていたので、その流れがあったからだ。
だから失業保険は貰ったことがない。貰ってみたい。
そんなこんなで早6年目。
多くの方に支られながら、今日もこうして現実逃避に耽っています。
さ、続きやるか。
いや、その前に寝た方が良い。